大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

奈良地方裁判所 昭和61年(行ウ)4号 判決

原告 辻山とよ

被告 西田栄三 外二名

主文

一  被告西田栄三は、奈良市に対し、一六七万九〇〇〇円を支払え。

二  被告西田栄三に対するその余の請求を棄却する。

三  被告池田金太郎及び同半田久一に対する訴えをいずれも却下する。

四  訴訟費用は、原告に生じた費用の四分の一と被告西田栄三に生じた費用の四分の三を被告西田栄三の負担とし、原告及び被告西田栄三に生じたその余の費用並びに被告池田金太郎及び同半田久一に生じた費用を原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、奈良市に対し、各自二一八万三〇〇〇円を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は奈良市の住民である。

2  被告西田栄三(以下「被告西田」という。)は、奈良市長として、昭和六〇年二月三日(日曜日)執行の参議院(奈良県選出)議員補欠選挙(以下「本件選挙」という。)の投開票事務について、同年三月、別表記載のとおり、「支給対象者及びその職務区分」欄記載の職務に従事した同欄記載の者に対し、「支給名目」欄記載の名目で、「一人当たり支給額」欄記載の額を支給(以下「本件支給」という。)し、合計二一八万三〇〇〇円を支出した。

3  被告池田金太郎(以下「被告池田」という。)は、本件選挙及び本件支給当時、奈良市選挙管理委員会委員長であり、投開票事務に関する総括責任者であって、投票管理者を一部の地域を除き奈良市の管理職職員の中から任命してそれらの者に報酬のほか報償費を支給するなど本件支給を推進し、右支出を放置した。

4  被告半田久一(以下「被告半田」という。)は、本件選挙及び本件支給当時、奈良市選挙管理委員会事務局長の地位にあり、投開票事務に関する事務遂行者であって、投票管理者の選任及び報償費や特殊勤務手当の支給など本件支給を推進し、右支出を放置した。

5  本件支給は、次の理由により、違法な公金の支出である。

(一) 特殊勤務手当の支給の違法

(1) 地方自治法二〇三条一項によれば、選挙に携わる非常勤の職員に対する反対給付はすべて条例に定められた報酬に限られ、報酬以外の給付をしてはならないところ、投票管理者の職務代理者(以下「職務代理者」という。)、その他の投票事務従事者(以下「投票事務従事者」という。)及び開票事務従事者(以下後二者を併せて「事務従事者」という。)に対し特殊勤務手当を支給した。

(2) 地方自治法二〇四条二項に列挙する諸手当のうち特殊勤務手当は、著しく危険、不快、不健康又は困難な勤務で、給与上特別の考慮を必要とし、かつ、その特殊性を給料で考慮することが適当でないと認められるものに従事する職員に、その職務の特殊性に応じて支給することを予定したものであるが、職務代理者や事務従事者の勤務は、著しく危険、不快、不健康又は困難なものではなく、特殊勤務手当の支給対象とはならない。

(3) 「奈良市一般職の職員の給与に関する条例」(以下「給与条例」という。)二二条は、管理職職員には管理職手当を支給し、時間外手当、休日勤務手当及び夜間勤務手当を支給しない旨規定している。したがって、管理職職員がその身分のまま選挙事務に携わったとしても、本務について管理職手当の支給がされているのであるから、管理職職員にその名目を問わずその他の手当の支給をすることは、手当の二重支給となり違法である。

仮に管理職職員に対する特殊勤務手当の支給が形式的には許されるとしても、その際には本務についての管理職手当と特殊勤務手当との調整をしなければならず、右調整をしていない本件選挙における特殊勤務手当の支給は違法である。

(4) 公民館職員は、本務において日曜出勤が義務づけられており、また選挙管理委員会職員にとっては、本件選挙に関する投開票事務はまさに本務である。したがって、本件選挙が日曜日に施行され同日公民館職員や選挙管理委員会職員がその投開票事務に従事したとしても、本務に対する給与の支給がされているから、右事務に従事したことに対し特殊勤務手当の支給をすることは、手当の二重支給となり地方公務員法二四条に違反し違法である。

仮に公民館職員や選挙管理委員会職員に対する特殊勤務手当の支給が形式的には許されるとしても、その際には本務についての給与と特殊勤務手当との調整をしなければならず、右調整をしていない公民館職員や選挙管理委員会職員に対する特殊勤務手当の支給は違法である。

(二) 報償費の支給の違法

(1) 地方自治法二〇三条一項によれば、投票管理者に対する反対給付はすべて条例に定められた報酬に限られ、報酬以外の給付をしてはならないところ、条例にも基づくことなく、報償費を投票管理者に支給した。

(2) 投票管理者の職務に対する反対給付として報酬が支給されているのに同一の職務に対する反対給付として報償費を支給したことは二重支給となり違法である。

(3) 給与条例二二条は、管理職職員には管理職手当を支給し、時間外手当、休日勤務手当及び夜間勤務手当を支給しない旨規定している。したがって、管理職職員が選挙事務に携わったとしても、本務について管理職手当の支給がされているから、管理職職員にその名目を問わず報償費やその他の手当の支給をすることは、二重支給となり違法である。

仮に管理職職員に対する報償費の支給が形式的には許されるとしても、その際には本務についての管理職手当と報償費との調整をしなければならず、右調整をしていない管理職職員に対する報償費の支給は違法である。

(4) 公民館職員は、本務において日曜出勤が義務づけられている。したがって、本件選挙が日曜日に施行され同日公民館職員が投開票事務に従事したとしても、本務に対する給与の支給がされているから、右事務に従事したことに対し報償費の支給をすることは、二重支給となり地方公務員法二四条に違反し違法である。

仮に公民館職員に対する報償費の支給が形式的には許されるとしても、その際には本務についての給与と報償費との調整をしなければならず、右調整をしていない公民館職員に対する報償費の支給は違法である。

(三) 報酬の支給の違法

(1) 給与条例二二条は、管理職職員には管理職手当を支給し、時間外手当、休日勤務手当及び夜間勤務手当を支給しない旨規定している。したがって、管理職職員が選挙事務に携わったとしても、本務について管理職手当の支給がされているから、管理職職員にその名目を問わず報酬やその他の手当の支給をすることは、二重支給となり違法である。

仮に管理職職員に対する報酬の支給が形式的には許されるとしても、その際には本務についての管理職手当と報酬との調整をしなければならず、右調整をしていない管理職職員に対する報酬の支給は違法である。

(2) 公民館職員は、本務において日曜出勤が義務づけられている。したがって、本件選挙が日曜日に施行され同日公民館職員が投開票事務に従事したとしても、本務に対する給与の支給がされているから、右事務に従事したことに対し報酬の支給をすることは、二重支給となり地方公務員法二四条に違反し違法である。

仮に公民館職員に対する報酬の支給が形式的には許されるとしても、その際には本務についての給与と報酬の調整をしなければならず、右調整をしていない公民館職員に対する報酬の支給は違法である。

6  奈良市は、本件支給による違法な支出により二一八万三〇〇〇円の損害を受けた。

7  被告らは、右違法な支出につき故意又は過失がある。

8  そこで、原告は、昭和六一年二月一八日、奈良市監査委員に対し、地方自治法二四二条に基づき本件支給について監査請求をし、これに対し同委員は、同年四月一六日付で原告に対し本件支給は違法性を欠き監査請求は理由がない旨の監査結果を通知した。

9  よって、披告らは、不法行為に基づき奈良市に対し右損害を賠償すべき義務があるところ、原告は、右監査結果に不服があるので、地方自治法二四二条の二第一項四号に基づき、奈良市に代位して、被告らに対し、本件支給相当額二一八万三〇〇〇円の損害金を奈良市に支払うことを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1、2の事実は認める。

2  同3の事実のうち、被告池田が、本件選挙及び本件支給当時、奈良市選挙管理委員会委員長であり、投開票事務に関する総括責任者であって、投票管理者について一部の地域を除き奈良市の管理職職員から任命したことは認め、その余は否認する。

3  同4の事実のうち、被告半田が、本件選挙及び本件支給当時、奈良市選挙管理委員会事務局長の地位にあり、投開票事務に関する事務遂行者であったことは認め、その余は否認する。

4  同5の主張はいずれも争う。

5  同6、7の事実は否認する。

6  同8の事実は認める。

三  被告らの主張

1  被告池田及び同半田は、本件支給について支出の権限がなく、何の責任も有しない。なお当時「奈良市事務専決規程」(以下「専決規程」という。)では、選挙管理委員会事務局長は、その所掌に係る事項に関する一件二〇万円未満の支出負担行為の決定について専決できる旨規定していたが、本件支給における報酬、報償費、特殊勤務手当の支給額はいずれも二〇万以上であって、同事務局長には右専決権さえなかったものである。

2  本件支給の適法性

(一) 特殊勤務手当の支給の適法性

(1) 地方自治法二〇三条一項は、職務代理者や事務従事者を対象としたものではなく、これらの者に報酬以外の手当を支給することは何ら違法ではない。

(2) 給与条例二六条は、職員が通常にない勤務に従事し、その勤務に対する給与について特別の考慮を必要とする場合において、これを給与に組入れることが不可能であるか、又は著しく困難な事情があるときは、その特殊性に応じ特殊勤務手当を支給することができる旨、同条例二七条は、特殊勤務手当の種類、支給を受ける者の範囲、手当の額及びその支給の方法は、規則でこれを定める旨規定し、これを受けて、被告西田は、市長として本件選挙における投開票事務につき職務代理者及び事務従事者に対し特殊勤務手当を支給する旨規則で定め、これに基づき特殊勤務手当を支給したものである。そして、投開票事務は、早朝から出勤し又は深夜にまで及び長時間を要するし、その職務の性質上極めて厳正さが要求され、また絶えず紛争予防や保安のための心配りが必要とされるものであるうえ、二、三年に一度くらいの割合で生ずる事務で自己の担当する職務とは関係のない臨時的な事務であるから、まさに特殊性を有するものであり、右のような事務従事について特殊勤務手当を支給することは何ら違法ではない。

(3) 管理職手当は、管理職手当を受ける職員の職務に関して支給されるべきものであり、選挙における投開票事務のように自己の担当する職務とは関係のない臨時的な事務に従事して時間外勤務を行った場合まで評価しているものではない。したがって、管理職職員に特殊勤務手当を支給しても違法な二重支給とはならない。

また、給与条例一〇条は、任命権者の承認があった場合には、職員が勤務をしないときでも給与を減額しない旨規定しており、本件選挙の投開票事務については任命権者の承認があるから、管理職手当と特殊勤務手当との調整をすることなく特殊勤務手当を支給しても違法ではない。

(4) 公民館職員は日曜日が出勤日であるが、投開票事務に従事するときは本来の職務である公民館の職務を解かれており、給与条例一〇条によれば、任命権者の承認があった場合には、職員が勤務をしないときでも給与を減額しない旨規定しており、本件選挙の投開票事務については任命権者の承認があるから、公民館職員に特殊勤務手当を支給しても違法な二重支給とはならないし、本務についての給与と特殊勤務手当との調整をすることなく特殊勤務手当を支給しても違法ではない。選挙管理委員会職員も同様である。

(二) 報償費の支給の適法性

(1) 報償費は、役務の提供に対する謝礼として支払われる性質のもので、地方自治法施行規則一五条に掲げる歳入歳出科目にも明示されているところ、報償費の支給は、投票管理者の役務の提供に対する謝礼の趣旨でされたものであって、何ら違法はない。

(2) 報酬だけでは重要で困難な投票管理者の仕事に対する適正妥当な対価とはいえず、その不足分を報償費によって補うことは違法な二重支給とはいえない。

(3) 管理職手当は、管理職手当を受ける職員の職務に関して支給されるべきものであり、選挙における投開票事務のように自己の担当する職務とは関係のない臨時的な事務に従事して時間外勤務を行った場合まで評価しているものではない。したがって、管理職職員に報償費を支給しても違法な二重支給とはならない。

また、給与条例一〇条は、任命権者の承認があった場合には、職員が勤務をしないときでも給与を減額しない旨規定しており、本件選挙の投開票事務については任命権者の承認があるから、管理職手当と報償費との調整をすることなく報償費を支給しても違法ではない。

そもそも、一般職職員が特別職を兼ねる場合には、本務についての給与と右特別職についての給与の重複支給が法律上禁止されているわけではないし、給与の調整が義務づけられているわけでもないから、管理職職員が特別職である投票管理者の職務に従事した場合にこれに対し特別職についての報償費の支給をすることは違法な二重支給とはいえない。

(4) 公民館職員は日曜日出勤日であるが、投開票事務に従事するときは本来の職務である公民館の職務を解かれており、給与条例一〇条によれば、任命権者の承認があった場合には、職員が勤務をしないときでも給与を減額しない旨規定しており、本件選挙の投開票事務については任命権者の承認があるから、公民館職員に報償費を支給しても違法な二重支給とはならないし、本務についての給与と報償費との調整をすることなく報償費を支給しても違法ではない。

そもそも、一般職職員が特別職を兼ねる場合には、本務についての給与と右特別職についての給与の重複支給が法律上禁止されているわけではないし、給与の調整が義務づけられているわけでもないから、公民館職員が特別職である投票管理者の職務に従事した場合にこれに対し特別職についての報償費の支給をすることは違法な二重支給とはいえない。

(三) 報酬の支給の適法性

(1) 管理職手当は、管理職手当を受ける職員の職務に関して支給されるべきものであり、選挙における投開票事務のように自己の担当する職務とは関係のない臨時的な事務に従事して時間外勤務を行った場合まで評価しているものではない。したがって、管理職職員に報酬を支給しても違法な二重支給とはならない。

また、給与条例一〇条は、任命権者の承認があった場合には、職員が勤務をしないときでも給与を減額しない旨規定しており、本件選挙の投開票事務については任命権者の承認があるから、管理職手当と報酬との調整をすることなく報酬を支給しても違法ではない。

そもそも、一般職職員が特別職を兼ねる場合には、本務についての給与と右特別職についての給与の重複支給が法律上禁止されているわけではないし、給与の調整が義務づけられているわけでもないから、管理職職員が特別職である投票管理者の職務に従事した場合にこれに対し特別職についての報酬の支給をすることは違法な二重支給とはいえない。

(2) 公民館職員は日曜日が出勤日であるが、投開票事務に従事するときは本来の職務である公民館の職務を解かれており、給与条例一〇条によれば、任命権者の承認があった場合には、職員が勤務をしないときでも給与を減額しない旨規定しており、本件選挙の投開票事務については任命権者の承認があるから、公民館職員に報酬を支給しても違法な二重支給とはならないし、本務についての給与と報酬との調整をすることなく報酬を支給しても違法ではない。

そもそも、一般職職員が特別職を兼ねる場合には、本務についての給与と右特別職についての給与の重複支給が法律上禁止されているわけではないし、給与の調整が義務づけられているわけでもないから、公民館職員が特別職である投票管理者の職務に従事した場合にこれに対し特別職についての報酬の支給をすることは違法な二重支給とはいえない。

3  損害について

選挙における投開票事務は、国民の選挙権を保障するための仕事であり強度の緊張感の下に行われる重要で困難なものであるところ、同事務については報酬条例で投票管理者と開票管理者の報酬額を定めているだけであり、しかもその額は七〇〇〇円で社会的にみて不相当となっている。条例に支払規定がないとしても労務に対する手当は支払うべきものであるから、本件支給により奈良市に損害を生ずることはない。

四  被告らの主張に対する認否ないし反論

被告らの主張はいずれも争う。

第三証拠〈省略〉

理由

一  請求原因1、2の各事実、同3の事実のうち、被告池田が、本件選挙及び本件支給当時、奈良市選挙管理委員会委員長であり、投開票事務に関する総括責任者であって、投票管理者について一部の地域を除き奈良市の管理職職員から任命したこと、同4の事実のうち、被告半田が、本件選挙及び本件支給当時、奈良市選挙管理委員会事務局長であり、投開票事務に関する事務遂行者であること、同8の事実は当事者間に争いがない。

二  被告池田及び同半田に対する本件訴えの適否について

1  本件訴えは、地方自治法二四二条の二第一項四号所定の代位請求住民訴訟の一類型である「当該職員」に対する損害賠償の請求として提起されたものである。右「当該職員」とは、住民訴訟制度が同法二四二条一項所定の違法な財務会計上の行為又は怠る事実を予防又は是正しもって地方財務行政の適正な運営を確保することを目的とするものと解されることからすると、当該訴訟においてその適否が問題とされている財務会計上の行為を行う権限を法令上本来的に有するものとされている者及びこれらの者から権限の委任を受けるなどして右権限を有するに至った者を広く意味し、その反面およそ右のような権限を有する地位ないし職にあると認められない者はこれに該当しないと解される(最高裁判所昭和六二年四月一〇日第二小法廷判決・民集四一巻三号二三九頁参照)ところ、原告は、本件訴えにおいて、右財務会計上の行為として本件支給による公金の支出を主張しているのに対し、被告池田及び同半田は、同人らには右支出権限がない旨主張しているので、同人らが、右「当該職員」に該当するかどうかについて判断する。

2  被告池田について

被告池田が、本件支給当時、奈良市選挙管理委員会委員長であったことは、当事者間に争いがないところ、地方自治法によると、市において、予算の執行権は市長に専属し(一四九条二号)、現金の出納保管等の会計事務は収入役の権限とされている(一七〇条一項、二項)から、奈良市選挙管理委員会委員長は、法令上本来的に公金支出の権限を有する者ではなく、また本件全証拠によっても、右公金の支出権限を有する者から権限の委任などを受けるなどして右権限を有するに至った者と認めるに足りない。

そうすると、奈良市選挙管理委員会委員長は地方自治法二四二条の二第一項四号にいう「当該職員」に該当しないから、被告池田に対する訴えは、法により特に出訴が認められた住民訴訟の類型に該当しない訴えとして、不適法というほかない。

3  被告半田について

被告半田が、本件選挙及び本件支給当時、奈良市選挙管理委員会事務局長であったことは、当事者間に争いがないところ、前記のとおり市選挙管理委員会事務局長は法令上本来的に公金支出の権限を有する者ではなく、また本件全証拠によっても右公金の支出権限を有する者から権限の委任などを受けるなどして右権限を有するに至った者と認めるに足りない。なお、成立に争いのない乙第八、第一八、第一九号証、証人佃忠治の証言、弁論の全趣旨によれば、本件支給当時、専決規程は、選挙管理委員会事務局長は条例その他の規定に基づくその所掌に係る事項に関する一件二〇万円未満の支出負担行為の決定について専決処理することができる旨定めていたことが認められるが、前記当事者間に争いのない請求原因2の事実(本件支給)によれば、報酬、報償費、特殊勤務手当の各支給合計額はいずれも二〇万円以上であるから、同事務局長は、本件支給に関する支出負担行為の決定について専決権を有するものではなく、また、本件全証拠によっても右専決権を行使したと認めるに足りないから、右専決規程の存在によって右判断が左右されるものではない。

そうすると、奈良市選挙管理委員会事務局長は地方自治法二四二条の二第一項四号にいう「当該職員」に該当しないから、被告半田に対する訴えは、法により特に出訴が認められた住民訴訟の類型に該当しない訴えとして、不適法というほかない。

三  次に、本件支給が違法かどうかについて判断する。

1  前記当事者間に争いのない事実、成立に争いのない甲第一号証の三、第四号証、第一五号証の一ないし四、第二五号証、乙第一号証、第三号証の一ないし三、第一〇ないし第一六号証、証人半田久一、同南田昭典、同佃忠治の各証言を総合すれば、次の事実が認められる。

奈良市では、従前、国会議員選挙、県知事選挙、市長選挙等の選挙の際には、投票管理者及び開票管理者に対しては報酬(「奈良市報酬及び費用弁償等に関する条例」(以下「報酬条例」という。)に基づく)及び報償費が、奈良市職員であるその他の事務従事者に対しては報償費が支給されていた。昭和五九年に奈良市の清掃部職員に対し報償費が支給されていることが議会に取り上げられるなどして問題となったが、これを契機に選挙の投開票事務に携わる者に対する報償費の支給について見直しがされ、同年九月二三日執行の奈良市長選挙及び同年一〇月七日執行の奈良県知事選挙の際には、奈良市職員である投票管理者(支給額は二万二二〇〇円、以下括弧内の数字は同じ。)、職務代理者(一万九二〇〇円)、投票事務従事者(一万七二〇〇円)、開票事務従事者(四六〇〇円)に対しては特殊勤務手当(給与条例二六条、二七条及びこれを受けた規則に基づく)が、奈良市職員以外の者である投票管理者に対しては報酬(七〇〇〇円)及び報償費(一万五二〇〇円)が支給された。その際奈良市職員である投票管理者は報酬条例に定める報酬を辞退した。しかし、報酬条例には、投票管理者に七〇〇〇円の報酬を支給する旨指定されていることから、昭和六〇年の本件選挙においては、すべての投票管理者に対し報酬(七〇〇〇円)及び報償費(一万五二〇〇円)が、奈良市職員である職務代理者(一万九二〇〇円)、投票事務従事者(一万七二〇〇円)、開票事務従事者(四六〇〇円)に対しては特殊勤務手当が支給されることになった。そして、右支給金額については、国会議員の選挙等の執行経費の基準に関する法律四条に掲げる基本額の積算の基礎となっている勤務一時間当たりの単価九七八円六八銭を基準とし、これに時間外勤務手当ないし休日勤務手当の割増率一〇〇分の一二五を乗じ、さらにこれに投票日の前日二時間当日一二時間の合計勤務時間一四時間を乗じて、投票事務従事者に対する支給金額一万七二〇〇円を算出し、右金額に職務の困難さに応じて二〇〇〇円又は五〇〇〇円を加算して、それぞれ職務代理者、投票管理者に対する支給金額を算出したものであり、開票事務従事者に対する支給金額は、投票事務従事者に準じて算定したものである。

2  まず、特殊勤務手当の支給について検討する。

(一)  地方自治法二〇四条二項は、普通地方公共団体はその常勤の職員に対し特殊勤務手当を支給することができる旨、同条三項は、右手当の額及びその支給方法は条例でこれを定めなければならない旨規定し、これを受けて、給与条例二六条は、職員が通常にない勤務に従事し、その勤務に対する給与について特別の考慮を必要とする場合において、これを給料に組入れることが不可能であるか、又は著しく困難な事情があるときは、その特殊性に応じ特殊勤務手当を支給することができる旨、同条例二七条は、特殊勤務手当の種類、支給を受ける者の範囲、手当の額及びその支給の方法は、規則で定める旨規定している。そして、前掲甲第一号証の三によれば、昭和六〇年二月二日公布の奈良市規則第二号昭和六〇年二月三日執行の参議院(奈良県選出)議員補欠選挙の事務に従事した職員の特殊勤務手当の支給に関する規則(以下「本件特殊勤務手当規則」という。)は、奈良市職員が本件選挙において職務代理者、投票事務従事者、開票事務従事者の各職務に従事したときは特殊勤務手当としてそれぞれ一万九二〇〇円、一万七二〇〇円、四六〇〇円を支給する旨定めていることが認められる。

ところで、地方自治法に定める特殊勤務手当の支給の対象となる勤務とは、地方公務員法二四条三項、一般職の職員の給与等に関する法律(以下「一般給与法」という。)一三条に照らし、著しく危険、不快、不健康又は困難な勤務その他の著しく特殊な勤務で、給与上特別の考慮を必要とし、かつ、その特殊性を給料で考慮することが適当でないと認められるものと解すべきであり、給与条例二六条の「通常にない勤務」もまた同様に、著しく危険、不快、不健康又は困難な勤務その他の著しく特殊な勤務と解すべきであるから、規則においても、右のような勤務でなければ、特殊勤務手当を支給する旨定めることはできない。そこで、本件選挙において特殊勤務手当が支給された職務代理者、投票事務従事者、開票事務従事者の勤務について検討する。

(二)  1に掲げた各証拠を総合すれば、本件選挙において、投票事務従事者は、投票前日の午後二時間くらい投票所の設営等の準備をし、投票日当日午前六時三〇分ころから午後六時三〇分ころまでの間投票所内において投票事務、すなわち受付において選挙人の氏名を選挙人名簿と照合したり投票箱の監視をしたりするなどの事務に従事するものとされ、現にそのような事務に従事したこと、本件選挙における投票事務従事者のほとんどは普段は市長部局又は公民館において行政事務に携わっているものであることが認められる。

そこで判断するに、投票事務従事時間は一二時間であり、また投票事務はその性質上公正さ正確さが要求されるし投票事務従事者からみれば日常携わっている行政事務とは異なるものであるから、投票事務従事者としては通常よりも長時間に亙りある程度の緊張感を持続することを強いられることは否定できないが、さりとてその職務内容がそれほど困難又は不快であるとは言い難いし、一般給与法一三条に規定する特殊勤務手当の種類等を定める人事院規則九―三〇に規定している特殊勤務手当の支給される勤務に照らしても、投票事務従事者の勤務が著しく困難又は不快とはいえないうえ、勤務が長時間に亙るということについては特殊勤務手当ではなくむしろ時間外勤務手当や休日勤務手当をもってこれに対処すべきであり、現に投票事務従事者に対する特殊勤務手当の支給額の算定方法が時間外勤務手当ないし休日勤務手当のそれと大差ないものであることなどを併せ考えると、投票事務従事者の勤務は、著しく困難又は不快な著しく特殊な勤務ということはできない。

(三)  次に、投票管理者の職務代理者について検討するに、公職選挙法施行令二四条一項によれば、投票管理者の職務代理者は、投票管理者に事故があり、又は投票管理者が欠けた場合において、その職務を代理すべき者であり、市町村の選挙管理委員会があらかじめ選任すべきものであるところ、前掲1の各証拠を総合すれば、本件選挙においては投票管理者に事故があり又はこれが欠けたため投票管理者の職務代理者が投票管理者の職務を代理したことはなかったこと、本件選挙において投票管理者の職務代理者に選任された者は、投票管理者に事故があり又はこれが欠けた場合でなくとも、投票事務従事者と同様に投票前日二時間投票日当日一二時間投票事務等に携わるものとされ実際携わったこと、投票管理者の職務代理者は投票事務従事者と同程度の事務に従事するのではなく、投票管理者の指示を受けて比較的重要な事務、たとえば選挙人が本人であるかどうか疑いがある場合に事務従事者から相談を受けることや投票率を算出することなどの事務に従事するものとされていることが認められる。

そこで本件選挙におけるその勤務について検討するに、投票管理者の職務代理者は投票事務従事者よりも重要な事務に従事しているけれども、投票事務のうえで生起する問題については最終的に意思決定するのは投票管理者であることや前記人事院規則九―三〇に規定する特殊勤務手当の支給される勤務、さらには投票管理者の職務代理者に対する特殊勤務手当の支給額の算定方法が時間外勤務手当ないし休日勤務手当のそれを前提としていることに照らすと、本件選挙における投票管理者の職務代理者の勤務は、著しく不快又は困難な著しく特殊なものということはできない。

(四)  開票事務従事者について検討するに、前掲1の各証拠を総合すれば、本件選挙において開票事務従事者は投票日当日の午後七時ころから午後一二時ころまでの間開票所において投票箱の開披、投票の分類、点検、計算等の事務に従事するものとされ、実際にそのように従事したこと、本件選挙における開票事務従事者のほとんどは普段は市長部局又は公民館において行政事務に携わっているものであることが認められる。

そこで判断するに、開票事務もまたその性質上公正さ正確さが要求されるし開票事務従事者からみれば日常携わっている行政事務とは異なるものであるから、開票事務従事者としてはある程度の緊張感を持続することを強いられることは否定できないが、その職務内容自体に照らしても、また前記人事院規則九―三〇に規定する特殊勤務手当の支給される勤務や開票事務従事者に対する特殊勤務手当の支給額の算定方法が時間外勤務手当ないし休日勤務手当のそれと大差ないことに照らしても、本件選挙における開票事務従事者の勤務は、著しく不快又は困難な著しく特殊なものということはできない。

(五)  以上によれば、本件選挙における投票管理者の職務代理者、投票事務従事者、開票事務従事者の勤務は、いずれも著しく不快又は困難な著しく特殊なものではなく、給与条例二六条の「通常にない勤務」とはいえないから、これに対して特殊勤務手当を支給する旨定めた本件特殊勤務手当規則は違法であり、右規則に基づいてされた特殊勤務手当の支給もまた違法を免れない。

3  報償費の支給について

地方自治法二〇三条一項は、普通地方公共団体は、投票管理者その他の普通地方公共団体の非常勤の職員に対し、報酬を支給しなければならない旨、同条五項は、報酬の額、支給方法は条例でこれを定めなければならない旨、同法二〇四条の二は、普通地方公共団体は、いかなる給与その他の給付も法律又はこれに基づく条例に基づかずには、これを投票管理者に支給することはできない旨規定している。ところで、奈良市では、報酬条例二条一項本文において、投票管理者に対し、選挙一回につき七〇〇〇円の報酬を支給する旨定めているが、報償費の支給については、何ら法律、条例の定めもない。

被告は、報償費は役務の提供に対する一種の謝礼であると主張するが、投票管理者に対する給与その他の給付については法律又はこれに基づく条例によれば報酬として七〇〇〇円を支給することが定められているだけであり、その他に謝礼とはいえこれに付加して給付することは地方自治法二〇四条の二の趣旨に反するばかりか、前記事実、すなわち、奈良市では、従前、国会議員選挙、県知事選挙、市長選挙等の選挙の際には、投票管理者に対しては報酬及び報償費が、奈良市職員であるその他の事務従事者に対しては報償費が支給されていたが、昭和五九年九月二三日執行の奈良市長選挙及び同年一〇月七日執行の奈良県知事選挙の際には、奈良市職員である投票管理者に対しては特殊勤務手当(二万二二〇〇円)が、奈良市職員以外の者である投票管理者に対しては報酬(七〇〇〇円)及び報償費(一万五二〇〇円)が支給され、昭和六〇年の本件選挙においては、再びすべての投票管理者に対し報酬(七〇〇〇円)及び報償費(一万五二〇〇円)が支給されることになったこと、右支給金額については、国会議員の選挙等の執行経費の基準に関する法律四条に掲げる基本額の積算の基礎となっている勤務一時間当たりの単価九七八円六八銭を基準とし、これに時間外勤務手当ないし休日勤務手当の割増率一〇〇分の一二五を乗じ、さらにこれに投票日の前日二時間当日一二時間の合計勤務時間一四時間を乗じて、投票事務従事者に対する支給金額一万七二〇〇円を算出し、右金額に職務の困難さに応じて五〇〇〇円を加算して、投票管理者に対する支給金額を算出したものであること、投票管理者に支給される報酬が七〇〇〇円であるのに対し報償費は一万五二〇〇円であることに照らすと、本件選挙において投票管理者に支給された報償費は、むしろ投票管理者がその職務に従事したことの対価として支払われる給与の性質を有するものであって、役務の提供に対する謝礼とはいえない。

そうすると、本件選挙における投票管理者に対する報償費の支給は、地方自治法二〇四条の二に違反し違法というべきである。

4  報酬の支給について

前記のとおり本件選挙における報酬の支給は地方自治法二〇三条、これを受けた報酬条例に基づくものである。開票管理者についても同条例で七〇〇〇円の報酬を支給することを定めている。

これについて、原告は報酬を管理職職員、公民館職員、選挙管理委員会職員に対して支給することは違法な二重支給であると主張する。しかし、投票管理者の職は地方公務員法三条三項の特別職であるから同法二四条四項の併給禁止規定の適用を受けず(同法四条)、また、報酬条例は二条一項但書において、常勤の特別職の職員が他の非常勤の特別職の職を兼ねた場合においては、当該非常勤の特別職の職員としての報酬は支給しないと定めるのみで、他に常勤の一般職の職員が他の非常勤の特別職の職を兼ねた場合において当該非常勤の特別職の職員として報酬を支給しない旨の規定は格別存しないのであるから、本件選挙において投票管理者として勤務した者が管理職職員、公民館職員、選挙管理委員会職員であったとしても、これらの者に対して報酬を支給することそれ自体が違法となるものではない。

5  以上によれば、本件支給のうち、報酬の支給は適法であるが、特殊勤務手当及び報償費の支給は違法であるというべきである。

四  被告西田の故意過失について

前記認定にかかる投開票事務従事者に対する特殊勤務手当、報償費等の支給名目の変遷、右支給金額の算定方法、事務従事者の勤務内容、地方自治法の規定等に鑑みると、被告西田が市長として本件選挙において特殊勤務手当及び報償費を違法に支給し違法に公金を支出したことについて同被告には少なくとも過失が認められる。

五  損害について

被告西田は、市長として本件選挙において別表記載のとおり投票管理者、職務代理者、事務従事者に対して特殊勤務手当として合計四九万三四〇〇円、報償費として合計一一八万五六〇〇円を支給し、もって奈良市に対し右支給相当額である一六七万九〇〇〇円の損害を与えたというべきである。

なお、被告は、投開票事務に携わる者に対し社会的にみて相当な対価を支給すべきであり、これを支払ったにすぎないから、奈良市に損害は生じていないと主張するが、投票管理者に対しては法律及び条例上七〇〇〇円の報酬の支給が義務づけられているにすぎず、また別表記載の職務代理者、事務従事者についてはいずれも管理職手当が支給されているところ、給与条例二二条三項は、管理職手当の支給を受ける者に対しては、時間外勤務手当、休日勤務手当、夜間勤務手当を支給しない旨規定しており、市管理職職員が本件選挙において職務代理者、事務従事者として投開票事務に従事したとしてもこれに対し新たに付加して支給すべき給与は存しないから、結局、奈良市は、本件支給により別表記載の投票管理者に対する報償費支給相当額及び職務代理者、事務従事者に対する特殊勤務手当支給相当額の損害を受けたというほかない。

六  結論

以上によれば、原告の被告西田に対する本訴請求は、一六七万九〇〇〇円の支払を求める限度で理由があるからこれを認容すべきであるが、その余は理由がないから棄却することとし、原告の被告池田及び同半田に対する訴えはいずれも不適法であるからこれらを却下することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九二条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 長谷喜仁 山田賢 伊名波宏仁)

別表

支給対象者及びその職務区分

支給名目

一人当たり支給額

支給合計額

投票管理者

(管理職手当の支給を受けている

奈良市職員(以下「管理職職員」

という。)である別紙一記載の七一名。

うち〈公〉八名。)

報酬

七〇〇〇円

四九万七〇〇〇円

報償費

一万五二〇〇円

一〇七万九二〇〇円

計二万二二〇〇円

計一五七万六二〇〇円

投票管理者

(奈良市職員以外の者である

別紙二記載の七名。)

報償費

一万五二〇〇円

一〇万六四〇〇円

投票管理者の職務代理者

(管理職職員である別紙三記載の五名。

うち〈公〉一名。)

特殊勤務手当

一万九二〇〇円

九万六〇〇〇円

その他の投票事務従事者

(管理職職員である別紙四記載の一〇名。

うち〈選〉二名。)

特殊勤務手当

一万七二〇〇円

一七万二〇〇〇円

開票管理者

(管理職職員である南井嘉幸)

報酬

七〇〇〇円

七〇〇〇円

開票事務従事者

(管理職職員である別紙五記載の四九名。

うち〈公〉三名、〈選〉二名。)

特殊勤務手当

四六〇〇円

二二万五四〇〇円

支給総計額 二一八万三〇〇〇円

なお、〈公〉は公民館職員、〈選〉は選挙管理委員会職員をいう。

別紙一~五〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例